https://diamond.jp/articles/-/250666?page=5
アメリカやイギリスという他の先進国は、学問に限らず「自由」や「独立性」というのは基本的に自分たちの手で勝ち取るものだと考えている。
先進的な研究がしたければ、大企業や金持ちからの支援や寄付を受けるよう、学者であってもスーツを着込んで出資者へプレゼンする。もちろん、政府からの仕事も受ける。1つのスポンサーに依存をしないことで、学問や研究の独立性を守るという考え方だ。
だが中国の場合、「自由」や「独立性」というのは基本、国家が認めてくれないと享受できない。「最も成功した社会主義」などと揶揄される日本も、感覚的にはこちらに近い。その象徴が「記者クラブ」だ。
海外のジャーナリストがドン引きする、世界でも珍しいこのシステムは、マスコミによれば「報道の自由」を守るためには絶対に必要だという。政府や役所が認めてくれた「選ばれし人々」だけしか取材ができないシステムを、国家がちゃんと整備して提供してくれないことには、報道の「自由」も「独立性」も守れないというのだ。
そんな国家から特権を与えられた「選ばれし人々」が、「学問の自由を守ってやっているのだ」という上から目線の考え方は、学術会議のセンセイたちからもひしひしと伝わってくる。
素敵すぎる