1巻読了で博物館見物
民衆は常につねに景気のいいほうでさわぐ、むろん開戦論であった。この開戦への民衆世論を形成したのは朝日新聞などであった。
要するにロシアは自らに負けたところが 多く日本はその優れた計画性を敵軍のそのような事情のためにきわどい勝利を ひろいつづけたというのが、日露戦争であろう。戦後の日本は、この冷厳な相対関係を国民に教えようとせず、国民もそれを 知ろうとはしなかった。むしろ勝利を絶対化し、日本軍の神秘的強さを信仰す るようになり、その部分において民族的に痴呆化した。日露戦争を境として日 本人の国民的理性が大きく後退して狂噪の昭和期に入る。やがて国家と国民が 狂いだして太平洋戦争をやってのけて敗北する
[2巻後書き]
素敵過ぎる
http://dndi.jp/mailmaga/mm/mm091126.html
そして司馬氏ご自身が産経新 聞のOBで、かつて京都の社寺回りや大学担当の記者であり、後に大阪本社の文 化部長を務めていたことなどが影響していたと思います。『坂の上の雲』と司 馬遼太郎氏の存在は、先輩記者らの数少ない誇りであり、その折に触れた思い 出の数々は彼らの自慢話にもなっていました。
そして、もうひとつ。これは私の勝手な推量でそれほどの根拠はありません。 日露戦争でロシア帝国最強のバルチック艦隊を破った日本海軍の奇跡的な勝利 が、いわば新聞部数や記者の数で弱小の産経新聞がスクープ記事では負けない、 大手の朝日、読売を相手に勝負を挑む、そんな鼓舞が刷り込まれていたのかも しれません。
素敵〜